会社の対応と相手の反応
会社が動いてくれたと聞いたとき、胸の奥で、ずっと固く凍りついていた何かが、ほんの少しだけゆるむのを感じました。
「パワハラとして正式に対応します」
そう告げられた瞬間、ようやく私の苦しみが、「私の勘違い」でも「弱さ」でもなく、“問題として認められた”のだと、頭ではなく心で理解し始めました。
会社は迅速に動いてくれました。
私が書き続けてきた手記、日々の苦しさ、恐怖、悔しさ、情けなさ、全部を詰め込んだあの文章たちを、きちんと読み、受け止めてくれました。そして、相手と真正面から向き合う場をつくってくれました。
相手と話をする中で、会社の人は、私の代わりに、私の気持ちを言葉にしてくれました。
私が、どんな思いであの職場に通っていたのか。
何も教わらないまま、叱責だけを浴びながら仕事をする苦しさ。
毎日、怒られる未来しか見えない中で、それでも「役に立ちたい」と必死にもがいていたこと。
そして――あの日のこと。
腕を包丁で切り、救急車で運ばれたこと。
そこまで追い詰められていた現実。
袖の下に隠されていた生々しい傷跡を、私の代わりに、相手へと突きつけてくれました。
その場で、相手はひどく驚き、動揺を隠せない様子だったと聞きました。
自分の言動が、人の心と体をどこまで追い詰めていたのか。
それを、ようやく現実として突きつけられたのかもしれません。
私が書いていた手記も、すべて認めたと聞きました。
「そんなつもりはなかった」
「誤解だ」
「大げさに書いている」
そんな言い訳は、一切しなかったそうです。
私の言葉を、事実として認めた。
それは、過去に戻って何かをやり直せるわけではないけれど、あの時間が「なかったこと」にはされなかった、ということでした。
相手は、直筆で手紙を書いてくれると伝えてきました。
丸一日眠らずに書いたと聞いています。
その話を聞いたとき、不思議な感情が胸の中に生まれました。
「今さら謝られても、傷は消えない」
そういう気持ちも、たしかにありました。
私の腕には、これからも傷跡が残る。
あの日、震えながら包丁を握った自分。
救急車のサイレンの音、病院のベッドの冷たさ、あのときの孤独と絶望感。
それらは、手紙一枚で消えるものではありません。
それに、もうあの部署で働くこともできません。
とても再び戻れる場所ではないし、心も身体も、それを受け入れられる状態ではない。
それは頭で理解しているのに、心のどこかで、どうしようもない喪失感や悔しさが渦巻いていました。
一緒に頑張ってきた仲間に会えなくなる悲しさ。
積み重ねてきた日々が、突然ぷつりと途切れてしまった虚しさ。
自分だけが途中で離脱してしまったような、取り残されたような感覚。
まだやりかけの仕事もあった。
「次はこうしよう」と考えていたこともあった。
それらを中途半端なまま投げ出してしまった自分を、責める気持ちもありました。
「最後までちゃんとやりたかった」
「もっとやれたはずなのに」
「私だけ逃げたみたいで、申し訳ない」
そんな言葉が、頭の中で何度もぐるぐると回りました。
けれど、同時に、あのまま無理を続けていたら――
本当に命を落としていたかもしれない、という恐ろしい現実も、ちゃんとわかっていました。
仕事を投げ出したのではなく、命を守るために、そこから離れるしかなかった。
そう頭で理解しても、心が追いつくには時間がかかりました。
会社は、しばらくの休養をすすめてくれました。
そして、「落ち着いたら本社で働けるように」と、新しい提案をしてくれました。
「あなたのせいでこうなったのではない」
「あなたを守りながら、これからも一緒に働きたい」
会社から、そんなメッセージを受け取ったように感じました。
本社への異動は、これまでとは全く違う環境になるかもしれない。
それは不安でもあり、同時に、少しだけ光のようにも見えました。
あの部署での時間、あの職場での痛み、消えない傷跡――。
それらは、これからも私の一部として残り続けます。
でも、会社がパワハラを正式に認め、相手が手記の内容を全て認め、手紙を書いているという事実は、「私はおかしくなかった」「私の感じていた苦しみは、きちんと現実だった」という証にもなりました。
あのとき、あの職場で、必死に耐えながら働いていた私。
仕事を覚えたかった。役に立ちたかった。期待に応えたかった。
その気持ちを「なかったこと」にされなかったことが、何よりも救いでした。
仲間に会えない寂しさも、仕事を途中で離れる虚しさも、きっとすぐには消えません。
「それでも、自分の命を守る選択をしたのだ」と、自分自身が自分を認められるようになるまでには、もう少し時間が必要なのだと思います。
けれど少なくとも今、私は、あの頃の自分にこう言えます。
あの状況の中で、助けを求めたこと。
記録を残し、声をあげ、会社に訴えたこと。
そして、働く場所を変える決断をしたこと。
そのどれも、「逃げ」ではなく、「生きるための行動」だったのだと。
これから、しばらく休養の日々が続くかもしれません。
本社での新しい仕事が始まるのも、きっと不安と期待が入り混じるでしょう。
それでも――
腕に刻まれた傷と、心に刻まれた痛みを抱えたまま、それでも前に進もうとしている自分がいる。
その事実だけは、誰にも否定させたくない、と今は感じています。
