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​離婚を考えた先に

離婚を考えた先に待っていた現実は、想像していたものより、ずっと冷たく、そして、残酷でした。

さすがに、もう限界だと思いました。
口が切れるほど殴られ、血の味が口の中に広がったとき、「あ、もう本当に終わりにしないといけない」と、どこか冷めた自分がいました。
痛みよりも先に、心の奥がスーッと冷えていくような感覚。
ここにいたら、いつか本当に殺されるかもしれない――そんな言葉が、はっきりと頭の中に浮かびました。

その日の私は、恐怖よりも、静かな決意に支配されていました。
震える手で離婚届を書きました。
ペンを持つ指がうまく言うことをきかず、文字が少し歪んでしまっても、それでも構わないと思いました。
「これで終わりにする。ここから抜け出す」
そう自分に言い聞かせながら、一画一画に、今まで我慢してきた怒りや悲しみ、悔しさを込めるように署名しました。

書き終えた離婚届を、夫に差し出しました。
心臓は早鐘のように鳴っているのに、自分の声は驚くほど静かでした。

「これにサインして。もう終わりにしたい。」

その瞬間、彼の中で何かのスイッチが入ったのがわかりました。
目つきが変わり、空気が一瞬で凍りついたような重たさに変わりました。

次の瞬間、私は首ねっこを掴まれました。
服が破れるほどの力で、乱暴に引き寄せられ、息が詰まりそうになりました。
喉が圧迫され、苦しいのに、声も出せませんでした。
彼の顔がすぐ目の前にあって、その目には理解も、反省も、悲しみもなく、ただ理不尽な怒りだけが燃えていました。

「なんで、俺が離婚しないといけないんだ!」

その叫びは、耳元で雷が落ちたみたいに響きました。
その言葉を聞いたとき、私は「ああ、この人は最後まで自分のしたことを認めないんだ」と、どこか冷静に悟っていました。
暴力を振るっても、傷つけても、それでも悪いのは私。
自分は被害者で、自分が捨てられるなんて許せない――そういう理屈で生きている人なんだと、改めて思い知らされた瞬間でした。

次に見たのは、私が書いたばかりの離婚届が、彼の手の中で無惨に破られていく光景でした。
ビリビリと紙が裂ける音が、やけに大きく聞こえました。
あれは、ただの紙ではありませんでした。
私が必死に振り絞った勇気、ここから抜け出したいという悲痛な願い、そのすべてが詰まった「出口」そのものでした。
それが目の前で破かれ、無かったことにされていくのを見ながら、胸の奥で何かが崩れ落ちる音がしました。

破かれた離婚届は、ぐしゃぐしゃに丸められ、私の頭めがけて投げつけられました。
紙が当たった感触は軽いはずなのに、心に突き刺さった衝撃は重くて、鋭くて、涙が込み上げてきました。
「そんなもの認めない」「お前に決めさせない」
そう言われたような気がしました。

そのときの私は、恐怖と悔しさと絶望と、そして、ほんのわずかな希望が入り混じった、複雑な感情の渦の中にいました。

もう、この人に話し合いは通じない。
優しさや理性を期待するだけ無駄だ。
それがはっきりした瞬間でもありました。

でも同時に、心のどこかで、小さな光も生まれていました。
「それでも、私は諦めない」
破られても、捨てられても、何度でも書けばいい。
この地獄みたいな場所から抜け出すまで、何度でも立ち上がればいい――
そんな決意が、静かに、しかし確かに、胸の中に根を張り始めていました。

あの日、離婚届を破られ、頭に投げつけられた瞬間、
私の中で「もう元には戻れない」という線が、くっきりと引かれました。
夫婦という形は、外から見ればまだ続いているように見えたかもしれない。
けれど、心の中では、その時すでに「終わり」が始まっていたのだと思います。

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