top of page

会社でパワハラにあって

会社で受けたパワハラの日々は、思い出すだけでも胸が苦しくなる時間でした。

朝、会社に行く時間が近づくたびに、胃がキリキリと痛み、足が前に進まなくなるような感覚でした。
「もう会社に行きたくない」
その言葉が頭の中で何度も何度も響いていました。

上司は、私に仕事を教えてくれることはほとんどありませんでした。
わからないことがあっても、聞ける雰囲気ではなく、勇気を出して質問しても、「そんなことも知らないの?」「前にも言ったよね?」と冷たく突き放されました。
何も教えてくれないのに、できていないときは怒られる。
どうして怒られているのか、何が正しいのかさえわからない。
「だったら、最初から教えてほしいのに…」
心の中でそう叫びながらも、口には出せませんでした。

1日の勤務時間である7時間30分が、本当に地獄のようでした。
パソコンの画面を見つめていても、文字が頭の中に入ってこない。
上司の足音が近づいてくるだけで身体が固まり、呼吸が浅くなりました。
何をしていても、「これで合っているのかな」「また怒られるんじゃないか」と不安でいっぱいで、心休まる瞬間なんてありませんでした。

少しずつ、自分を責める気持ちが強くなっていきました。
「私は心が弱いからダメなんだ」
「他の人はちゃんとやれているのに、私だけができないんだ」
「怒られるのは、全部私が悪いからだ」
そうやって自分を追い詰めていったのは、上司の言葉や態度だけではなく、自分自身の中に生まれてしまった“否定の声”でもありました。

家に帰る道のりは、本来ならホッとできるはずの時間なのに、私にとっては違いました。
「明日も会社に行かなきゃいけない」
その現実が、重たい石のように胸の中に沈んでいました。
家のドアを開けても安心できなくて、ソファに座っていても、布団に入っても、頭の中は会社のことでいっぱい。
上司の表情、怒鳴り声、吐き捨てるような言葉が、何度もフラッシュバックしてきました。
眠ろうとしても、目を閉じると不安が膨らみ、「明日」という言葉が怖くて仕方ありませんでした。

そしてある日、心が限界を超えてしまいました。

「もう、明日会社に行きたくない。行けない。」
その思いが、頭の中だけでなく、全身を支配していきました。
逃げ道がどこにもないように感じて、気づいたときには、包丁を手にしていました。
腕に刃を当てたとき、怖さよりも、「これで行かなくて済むかもしれない」という、歪んだ安心感の方が強かったのを覚えています。

切った瞬間、血が流れていくのをぼんやりと見ていました。
不思議なことに、痛みはほとんど感じませんでした。
心の痛みがあまりにも大きすぎて、身体の痛みなんて、何も感じられなかったのかもしれません。
「これで、もう会社に行かなくていいのかな…」
そんなことを考えながら、意識が遠のいていきました。

気づいたときには、救急車の中か、あるいは病院の処置室でした。
慌ただしく動く看護師さんや医師の姿を、まるで他人事のように見つめていました。
傷口を縫われ、処置をしてもらいながらも、心はどこか空っぽで、現実感がありませんでした。

その後、心療内科を受診しました。
医師にこれまでのこと、会社でのこと、上司から受けたこと、自分を責め続けていたこと、そして腕を切ってしまったことを話しました。
涙が止まらない時間もありましたが、医師は最後まで否定することなく、静かに話を聞いてくれました。
「あなたの心は、限界まで追い込まれていたんですよ」
その言葉に、はじめて「私が全部悪いわけじゃなかったのかもしれない」と、少しだけ思うことができました。

心療内科の先生は、「2か月絶対安静」の診断書を書いてくれました。
それは、体ではなく“心”に対する絶対安静でした。
「もう頑張り続けなくていい」「休んでいい」と言われたようで、その診断書は私にとって、ひとつの“救い”でした。

会社には、その診断書を提出しました。
そして私は、パワハラをしていた上司に、自分の気持ちを綴った手記と、腕の傷口の写真を見せました。
その瞬間は、怖くて震えました。
「ここまでしないとわかってもらえなかったのか」という悔しさと、
「見せてしまっていいのだろうか」という迷いとが、心の中でぐちゃぐちゃに混ざり合っていました。

手記には、怒られてばかりだったこと、何も教えてもらえず不安だったこと、
毎日が地獄のようだったこと、会社に行くのが怖くて眠れなかったこと、
そして最後には、自分を傷つけるところまで追い込まれてしまったことを書きました。
それは、涙と一緒に絞り出した、精一杯の「助けて」の証でした。

傷口の写真を見た上司は、驚いたような顔をしていました。
その後、本人から反省の言葉とともに、手紙を書いてもらいました。
その手紙には、「自分の言動がそこまであなたを追い詰めていたとは気づかなかった」「申し訳ないことをした」といった内容が書かれていました。

その手紙を読んで、すべてが許されたわけでも、すべてが癒えたわけでもありません。
傷は、腕にも心にも、確かに残っています。
それでも、「自分が感じていた苦しみは、存在していたんだ」と認められたような気がしました。
誰にも理解されないのではなく、「確かにひどいことだった」と言葉にされたことが、少しだけ心を軽くしてくれました。

あの出来事を振り返ると、自分で自分を「心が弱い」と責めてしまいがちです。
でも、本当は、弱いからではなく、それほどまでに限界まで耐えてしまったからこそ、そこまで追い込まれてしまったのだと思います。
誰だって、毎日否定され続け、怒られ続ければ、心は壊れてしまいます。
壊れそうになった心が、“これ以上は無理だよ”と、身体を通して叫んでいたのかもしれません。

今思えば、あのときの自分は、「会社に行かなくて済む方法」ではなく、「この苦しみから逃げる方法」を、必死に探していたのだと思います。
それほどまでに追い込まれていた自分を、今は「よく生きていてくれたね」と抱きしめてあげたい気持ちにもなります。

心療内科に行き、休むことを選んだこと。
手記を書き、傷跡を見せ、自分の苦しみを言葉にしたこと。
それは、決して「弱さ」ではなく、自分を守るために、必死で振り絞った「強さ」でもあったのだと思います。

あのときの痛みも、怖さも、絶望も、すべて消えてなくなることはないかもしれません。
でも、その中に、小さくても確かな希望がありました。
それは、「自分の心の限界に気づき、助けを求めることができた」という事実です。
その一歩があったからこそ、今、過去を振り返って語ることのできる自分がいるのだと思います。

bottom of page