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亀裂が入った夫婦関係

長く働くに連れ、時間も伸びてきて、仕事の内容も難しくなってきて、責任感ある仕事が多くなりした。
子供は、延長保育は長女は学童に預けて、働いていました。
その頃から、夫の機嫌が悪くなり、ごみ箱を蹴飛ばしたり、物に当たるようになりました。
生活費も5万円しか入れてくれなくなりました。

亀裂が入った夫婦関係――
あの頃を思い出すと、胸の奥がズキッと痛みます。

仕事を続けるうちに、少しずつ責任の重い仕事を任されるようになりました。
気づけば、勤務時間は伸び、残業も当たり前になり、頭も心も常にフル回転。
「私が頑張らなきゃ」「ここで投げ出したくない」
そんな思いで踏ん張りながら、家では母として、職場では一人の戦力として、必死に両立しようとしていました。

子どもたちの預け先も、工夫しながら何とかやりくりしていました。
保育園は延長保育をお願いし、長女は学童に預けて、夜遅くに迎えに行く日々。
子どもたちの疲れた顔を見るたびに、「ごめんね、待たせちゃったね」と心の中で何度も謝りました。
それでも、家族のため、生活のため、自分の仕事のため――頑張る理由はいくつもあって、踏みとどまるしかありませんでした。

けれど、その頃から、家の空気が少しずつ変わっていきました。
夫の機嫌が、目に見えて悪くなっていったのです。

帰宅すると、部屋の空気がピリッと張りつめている日が増えました。
ちょっとしたことで夫の表情が曇り、返事が冷たくなり、ため息が増えていきました。
話しかけるタイミングを間違えると、棘のある言葉が返ってくることもありました。

そして、ある頃から、夫は物に当たるようになりました。
ごみ箱を思い切り蹴飛ばしたり、テーブルを乱暴に叩いたり、物音がいつもより大きく響きました。
その音が鳴るたびに、心臓がギュッと縮むような感覚になり、体がすくみました。
子どもたちもビクッと肩を震わせ、そっと様子をうかがうようになりました。
家は、本来なら一番安心できる場所のはずなのに、いつ怒りの矛先がこちらに向くかわからない、緊張と不安が漂う場所に変わっていきました。

「私の働き方が、そんなに嫌なのだろうか」
「家のことがちゃんとできていないから、イライラさせてしまっているのかな」
そうやって、気づけば原因を自分に向けて考えるようになっていました。
もっと早く帰れれば、もっと家事が完璧にできれば、もっと笑顔でいられれば――
“もしも”ばかりが頭を巡り、自分を責める気持ちが膨らんでいきました。

生活費のことも、大きな変化の一つでした。
以前はもう少し家計を支えてくれていた夫が、気づけば「5万円」しか入れてくれなくなっていました。
5万円で、家族みんなの生活が回るはずもなく、家賃、光熱費、食費、子どもの費用…どれをとっても足りない。
足りない分は、もちろん私の給料から補うしかありませんでした。

「私も働いてるんだから、そっちでなんとかしてよ」
そんな空気を感じるたびに、言葉にならない虚しさが込み上げてきました。
外では責任ある仕事を任され、家では母として全力で子どもを守り、家計も支えている。
それなのに、パートナーであるはずの夫からは、支えられている感覚ではなく、突き放されているような冷たさしか感じられなくなっていきました。

夫婦の間には、目に見えない亀裂が、静かに、でもはっきりと入っていました。
以前のように、何気ないことを笑い合ったり、将来のことを話したりする時間は、いつの間にか消えていました。
話そうとしても、どこかギクシャクしてしまう。
本音を言えば、喧嘩になるか、無視されるか、機嫌を損ねてしまうかもしれない――
そう思うと、言葉を飲み込んでしまうことが増えていきました。

本当は、支え合って生きていきたかった。
「お互い大変だけど、一緒に頑張ろうね」と言い合える関係でいたかった。
けれど現実は、「一緒にいるはずなのに、ひとりで踏ん張っている」ような孤独が、静かに私の中で広がっていきました。

それでも、子どもたちの前では、できるだけ普通でいようとしました。
不安な気持ちを悟られないように、いつも通りを装いながら、笑顔をつくりました。
けれど、その笑顔の裏で、「このままで本当にいいのだろうか」という問いが、少しずつ大きくなっていったのです。

あの頃の私は、
仕事と子育てと家計と夫の機嫌、そのすべてのバランスを、ひとりで必死に保とうとしていました。
そして、その重さに押しつぶされそうになりながら、
「いつか、このトンネルの先に、少しでも光が見える日が来るのだろうか」
そんな淡い希望だけを心の片隅に握りしめて、毎日をなんとかやり過ごしていました。

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