パートとして仕事復帰
次女が幼稚園に入園するタイミングで、私はパートの事務として、時短勤務で働き始めました。
その一番の理由は、「子どもがいない時間、自分がひとりで家にいるのが寂しかったから」です。
朝、子どもたちを送り出したあと、静まり返った家の中にひとりでいることを想像すると、胸の奥にぽっかり穴があいたような気持ちになりました。
今までは、泣いて、笑って、騒いで、毎日が慌ただしく過ぎていったのに、その喧騒がなくなる時間が長くなる。
「このまま、ただ時間だけが過ぎていくのは嫌だ」
そう思ったのが、仕事復帰を考え始めたきっかけでした。
けれど、私の中には長く根づいている価値観がありました。
「女性は家を守るもの、男性は外で働くもの」
そう教えられてきたわけではなくても、どこかでそれが“当たり前”だと感じていた自分がいました。
だから、いざ「外で働きたい」と口に出すことは、私にとって小さくない決意でした。
案の定、その考え方に反対する声もありました。
「子どもが小さいうちは、家にいてあげたほうがいいんじゃない?」
「旦那さんが働いているんだから、それでいいじゃない」
そんな言葉をかけられるたびに、心がチクリと痛みました。
まるで、外で働きたいと思う自分が“わがまま”を言っているかのように感じてしまったのです。
でも、私は自分の中の「もう一度、働きたい」という気持ちを、どうしても無視できませんでした。
家族のためだけでなく、自分自身のためにも、社会とつながっていたい。
母親であると同時に、「ひとりの人間」としての自分を取り戻したい――そんな想いが、だんだんと強くなっていきました。
パート事務として働き始めてからは、とにかく毎日が目まぐるしかったです。
家にいるあいだは家事と育児、職場に行けば仕事モード。
「女性は家にいるべき」という周りの目がどこかにあるような気がして、余計に「家のことは完璧にこなさなきゃ」と自分を追い込んでいました。
朝は子どもたちと自分の弁当を作り、洗濯を回し、簡単でも夕飯の下ごしらえをしてから出勤。
帰ってきたらすぐに洗濯物を取り込み、畳んで片づけ、夕食の支度、子どものお風呂、片づけ…気づけば自分が座るのは、子どもたちが寝静まったあとでした。
それでも、「仕事をしているから家事は手抜きでいいや」とは、どうしても思えませんでした。
「外で働くことを選んだのは自分だから」
「文句を言われないように、どちらもきちんとやらなきゃ」
そんな責任感と焦りで、自分を奮い立たせていました。
職場でも、パートとはいえ「どうせ時間つぶしでしょ」と思われたくありませんでした。
与えられた仕事はきっちりこなす、むしろ正社員と同じくらい、時にはそれ以上の気持ちで取り組みました。
自分から業務を覚え、分からないことは積極的に聞き、誰かが困っていればできる範囲でフォローもしました。
「パートだからこのくらいでいい」ではなく、
「ここで働く以上は、きちんと役に立ちたい」
そういう気持ちで、毎日仕事に向き合っていました。
疲れが重なって、夜に布団の中でふっと涙が出てきたこともありました。
「私は何をそんなに必死になっているんだろう」
「こんなに頑張っても、ちゃんとできているのかな」
家では母として、妻として。職場では、ひとりの社会人として。
どちらの自分にも中途半端になってしまっている気がして、心が揺れることもありました。
それでも、次女を幼稚園へ送り出したあと、仕事に向かう道で感じるあの空気――
「今日も一日、やってみよう」
そんな前向きな気持ちになれる瞬間が、私の小さな救いでした。
仕事復帰は、単に「働き始めた」という出来事ではなく、私の中では「自分をもう一度、生き直す」選択でもありました。
家にいて家族を支える時間も大切。
でも、外に出て、子どもや夫以外の誰かと関わり、自分の名前で呼ばれ、必要とされる時間も、確かに私を支えてくれるものになっていきました。
「女性は家にいるもの」という考え方と、「それでも私は働きたい」という気持ち。
その狭間でもがきながら、家のことは完璧に、仕事は正社員並みに――そうやって必死で両立しようとしていたあの頃の自分は、今思えば、とても不器用で、とてもまっすぐでした。
あの仕事復帰の一歩は、
「母親だから諦めなきゃいけないこと」ではなく、
「母親であっても、ひとりの自分として選んでいいこと」がある――
そう気づくための、私なりのスタートラインだったのだと思います。
