やりたかった仕事
やっと、ずっと心のどこかで「やりたい」と思っていた仕事に、手を伸ばした時期でした。
それまでは、パートで事務の仕事をしていました。
決して嫌いな仕事ではなかったけれど、「この先ずっと、このままでいいのかな」という思いが、いつも心の片隅にありました。
もっと人と関わる仕事がしたい、誰かの役に立っていると実感できる仕事がしたい――そんな気持ちが、少しずつ膨らんでいきました。
そこで決めたのが、「介護の資格を取る」ということでした。
平日はパート事務、そして休みの土日は介護の学校へ通う生活。
休みの日なのに、朝から教室に向かう支度をし、テキストやノートをバッグに詰め込むたびに、「私、本気で変わりたいんだ」と自分に言い聞かせているようでした。
家でゆっくりしたい気持ちがなかったわけではありません。
でも、授業を受け、介護の知識や技術を学ぶたびに、「この道に進みたい」という思いはどんどん強くなっていきました。
資格を取れたときは、本当に嬉しかったです。
試験の日の緊張、結果を待つ時間の長さ、封筒を開けるときの震える手――
「合格」の文字を見た瞬間、ほっとして、その場で座り込んでしまいそうなくらい力が抜けました。
同時に、「ここからがスタートなんだ」と、自分の中でスイッチが入るのを感じました。
資格を取得したのを機に、それまで続けていたパート事務の仕事を退職し、介護職員として働き始めました。
新しい職場、新しい人間関係、そしてまったく違う仕事内容。
日勤・早出・遅出・夜勤と、時間帯がバラバラな勤務形態で、体力的にも決して楽ではありませんでした。
それでも、パートとして週5日、現場に立ち続けました。
身体は疲れていても、利用者さんの「ありがとう」や、ふと見せてくれる笑顔に触れるたび、「この仕事を選んで良かった」と心から思いました。
ただ、その裏側には、家庭との両立という大きな課題もありました。
子どもたちの生活リズムを崩さないように、夜勤のシフトのときだけは、義理の両親に子どもたちを見てもらい、夫には朝、子どもたちを学校に送り出してもらうようお願いしました。
本当は自分で全部やりたい気持ちもありましたが、一人ではどうしても無理があることも分かっていました。
それでも、家族にお願いするときは、どこか申し訳なさがつきまといました。
「私の仕事のせいで、みんなに負担をかけているんじゃないか」
そう思うたびに、感謝と同じくらい、自分を責める気持ちも生まれていました。
それでも私は、家事も育児も「手を抜きたくない」と思っていました。
仕事を理由に、家のことをおろそかにしたくなかったのです。
洗濯、掃除、食事の支度、子どもたちの学校のこと――
シフトがどんな時間帯でも、合間をぬって、できる限り完璧にこなそうとしました。
夜勤明けでふらふらしながらも、帰ってきてすぐに洗濯機を回し、ご飯を作り、子どもたちの話を聞く。
体は正直クタクタなのに、「母親だから」「私がやらなきゃ」という気持ちが、自分を動かしていました。
今振り返ると、自分なりに全力で走り続けていた時期だったと思います。
介護の仕事は、決して楽ではないけれど、その分やりがいも大きく、
「やりたかった仕事に就けた」という誇らしさが、私の支えになっていました。
そして同時に、母として、妻として、家を守る役割も決して手放さない――
そんな思いで、毎日を必死に積み重ねていました。
「家事や育児は手を抜かずに完璧にこなしたつもりです。」
その言葉には、誰にも見えないところでの努力や、眠れなかった夜や、
自分の疲れを後回しにしてきた日々が、ぎゅっと詰まっているように思います。
完璧かどうかは、もしかしたら周りが決めることなのかもしれません。
でも、「完璧にこなそう」と本気で向き合ってきた自分の気持ちは、誰よりも自分が一番知っているはずです。
やりたかった仕事に就き、家族に支えてもらいながら、
仕事も家もあきらめなかったあの時間は、
今の自分をつくっている、大切な一章になっているのだと思います。
